極端な片付け名言は、誰かを傷つける。プロ家庭教師が片付け講師になった理由。
先日は地方自治体で
職場研修を担当させていただきました。
また、とある業界の
セミナー講師マニュアルを
チラ見する機会があり
いやいやそれは違うよね、
と思ったことに端を発します。
「片付けて」
「整理して」
といっても
しないできないのは
「片付けの仕方を知らなかった※」
という解説をする方も多いのですが
言葉足らずに感じています。
最近は小気味良い片付け名言
スッと馴染むフレーズも
InstagramやTwitterで見かけます。
言い切ることでのインパクトや
浸透の良さも理解しつつ
極論や無意識に偏った考え
バイアスが強い迷言断言が
巡り巡っていくのは好ましくないなと
見ている私です。
さて。
「片付けて」
「整理して」
といっても
しないできないのは
「片付けの仕方を知らなかった※」
という解説をする方も多いのですが
「知らなかった」のは
「コミュニケーションロス」が
引き起こしていると考えていく
そうすると、
片付けに限らず
何かを学ぶことや習得することには
「伝える側の意図」が大事だと気付きます。
子どもたちに科目指導を続けていると
次のようなケースがよくあります。
子どもに問題を解かせた後
「丸つけしなさい」という場面です。
「丸つけしなさい」
あなたなら
何をどのようにするでしょうか?
赤ペンで
解説を確認しながら
一問一問
解いたノートに丸を書いていく
そう考えたあなたは
素晴らしい人です。
現実には
丸だけを望む子
(×問題には何も書かない子)
正答かを確認せず丸だけ書く子
解説書すら見ずに、丸だけ書く子
黒鉛筆で丸を書く子
問題用紙に丸を書く子
大きな丸をノートいっぱいにひとつだけ書く子
また後で書くわ、なんていう子
色々な子に巡り合います。
少しの違いが大きな違い
伝えるって
興味深いです。
専門外の科目(小中学生まで)
資格教養程度の内容を
急遽代講する時でも
説明力や講師力で
カバーできることも多いです。
もちろん講師として
伝えたいことばかり話すのは論外として、
相手が聞きたいことだけを
ニーズがあるからと
伝えるのも適切ではありません。
(求められるからと、
おやつや偏った食事を子に与えるだけが
保護者の役割ではないのと似ています。
必要な栄養をいかに補うか
苦心し模索するはずです)
ふと思いましたが
顕在化しているニーズもあれば
そうでないニーズもありますね。
ニーズなくとも興味もなくとも
相手に必要なモノを
なんらかの形で会得習得してもらう
研修講師として大切だなと.......
前述で、講師力で専門外の内容も
講師力で伝えられると書きましたが、
その日のノルマを達成することはできても
知識や思考の深さ、
専門と関連分野への
造詣の深さがあってこそ
知る楽しさを伝えられたり
相手に必要な知識を
適切なタイミングを準備して
伝えられると感じます。
時に
スパッと短い言葉で言い切る
片付け名言は
気持ち良いモノも多く、
決めつけであったり
可能性を排除していたり
自分の気持ちや自分の住まいの在り方すら
時に悪い方向へ
何かしら頑なに牽引することもあります。
それこそ
自分が欲していて
自分にとって苦言でも必要な言葉であれば
良薬は口に苦し
となることでしょう。
※
「片付け方を知らなかった」よりも
「正しい手順であり、
最適な片付け方を知らなかった」と
いう方がしっくりきます。
知っていたが誤っていた、
自分に合わなかったなどが含まれるからです。
なお
現在「整理整頓」は
小学生家庭科の教科書で学ぶ単元のひとつです。
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